Yo te amo

Te adoro


El Viaje

Guatemala

2000年9月2日〜9月16日


グアテマラ編

石畳の落ち着いて綺麗な町Antigua

当初はキューバからまたコスタリカへ戻る予定だったが、キューバも1月で切り上げたため行き先をグアテマラに変更した。変更料金は15ドル位だった。グアテマラはアンティグアが綺麗で良いと皆がいうのでそこに行くことにした。

グアテマラの後にメキシコへ行ってそのまま日本へ戻りたかったが、僕のチケットは日にちは変更できてもルートは変更できないとわかりメキシコには行けなかった。グアテマラへはエルサルバドル経由で入ったが機内でエルサルバドルのおばさんと話をしてとてもいい感じの人で空港内もキューバとは違ってインディヘナ系の顔つきだったので何か日本人に近い感じがしてほっとした。

綺麗な配色の建物

Nueva pareja-結婚式

キューバでは一切ガイドブックなど手に入らず、またグアテマラは首締め強盗という強盗がいてとても危険とキューバで脅されていたのでとりあえずキューバで日本人に借りた地球の歩き方(7^8年前の古いやつ)のメモを頼りに日本人が溜まっているという日本料理店へ行き、そこで泊まるホテルや語学学校のアドバイスを貰おうと思ってタクシーで行ったがそれらしき日本料理店はなくタクシー運転手の勧めるホテルに泊まった。25ドル位だったが快適でCATVも着いていて良かった。例の日本料理店はというと店主が数年前にバーで殺されたと聞いて怖かったが、ホテルの人などに治安について尋ねるとアンティグアは安全だから大丈夫という返事だった。

夜食事をフローレスというタイ料理店で食べた。キューバでは絶対食べられないような美味しい料理だった。ビールは2種類ありGalloとMozaと言うのだがMozaが黒ビールで少し甘くてとても美味しかった。後日学校の人でもMozaが旨いというMozaファンがいた。ただGalloの方がメジャーなのでMozaは近所の店では手に入りにくかったが、空気が乾いていて涼しいので黒ビールの方が気候に合うと思った。


アンティグア

ここは外国人の観光客が多いインターナショナルな町だったのでレストランやCafeなどがとてもしゃれていた。人々はインディヘナ系の顔つきで大人しく、頭にモノを載せて運んでいるのでまるでバリのUbudにそっくりだった。ラテンという感じでは無かったがキューバのハイテンションとは対照的で落ち着いた。またお金もATMで簡単に引き出せるので安心してお金が使えて嬉しかった。

不思議な雰囲気のある公園


スペイン語学校と生活

ここには2週間滞在したがその間スペイン語学校に通って学校の紹介してくれた家庭にホームステイした。学校は6時間コースで週80ドル、ホームステイが週45ドルと安かった。学校はマンツーマンで中庭に机を並べてオープンスタイルで勉強した。1対1だったので、キューバと比べるとわかりやすさは雲泥の差があった。先にグアテマラで勉強すれば良かったと思った。午前と午後は先生を変えたが一日6時間は結構つらかった。でもようやくここで過去形の変化なども頭に入って接続法以外の文法事項はは全て終わった。

学校は午後は毎日ただのイベントが組まれており、サルサダンス教室や、近くの村へ機織りを見に言ったり、映画を見たり、サイクリングやサッカーなど盛りだくさんで凄くサービスが良かった。アンティグアはスペイン語学習の場所として中南米では有名で何十もスペイン語学校があり競争も激しいためこのようにサービスがいいらしかった。中にはプール付きの語学学校もあった。日本の海外青年協力隊も日本で語学研修をしたあとアンティグアで仕上げをするという話で先生は日本人に教えたことがあると言っていた。

僕が通っていた学校はLa Unionといって中庭で勉強するオープンスタイルのなかなか良いところでした。何回か学校を変えたという日本人もいいと言っていたのでたぶんお勧めです。

カラフルなバス

一週目と2週目と先生を変えたが1週目の先生はとても几帳面で文法をきちきちと教えてくれて役に立ったが2週目の先生は面白い先生だったが授業は適当だったので、僕は自分でMDで持っていたラテンミュージックを聞き取って、それをなおして貰って解説して貰うというスタイルに変えた。マンツーマンなのでこのように融通が利くのだ。元々スペイン語を勉強する目的がラテンミュージックの歌詞を理解するためだったので丁度良かった。2週目の先生はルシートというのだが奥さんも同じ学校で働いていて妊娠中(7人目!)で奥さんの事をGolda(デブ)と呼んでいた。奥さん怒らないのかと聞くとこれは愛情の現れだといっていた。確かにとても仲が良くて授業中でもふと愛おしくなるのか奥さんにキスしたりしていた。子供は8人作ると言っていたがこれは普通だといっていた。

洗濯場



独立記念日にトーチを持って走ります。我々スペイン語学校の生徒はバスの屋根の上!から応援です。

ホームステイ先にはアイスランド人の若い女性とアメリカ人の大学生とドイツ人の28歳位の人がいた。アイスランド人の女性は半年くらいボランティアをしているとのことでまず2ヶ月語学学校に通った後グアテマラの貧しい子供のための施設でボランティアをしているのだった。彼女は20歳位だったと思うがなんと6ヶ国語がしゃべれるという事だった。外国で合う外国人、特にドイツ人などは英語もペラペラと話すが6ヶ国語とは驚いた。中南米にはそのようなボランティアを求める施設が多いらしく同時期に学校に通っていたドイツ人女性もスペイン語を勉強したあとチリへ行きボランティアをすると言っていた。

アメリカ人のサムはニューオーリンズ出身のナイスなヤングガイで大学でスペイン語を習っているので休みの間にグアテマラに来たと言っていた。彼は音楽好きで、僕がニューオーリンズのブラスバンドが好きでDirty Dozen Brass Bandのコンサートを見たことがあると言ったら日本人でそんなの知ってるやつがいるとは思わなかったと驚いていた。彼はRiverse Brass Bandのファンだと言っていた。またギターを持ってきておりギターをよく弾いていた。ドイツ人の男性はとてもソフトな優しい感じの人だったがドイツで子供の看護士をしているとのことだった。彼は2年位働いては1年位旅行するというライフスタイルをしていると言うことで今回はなんとバイクで北極から南極まで行く途中との事だった。南米大陸へ入る前にここで2週間スペイン語を勉強すると言っていたが、最初は全くスペイン語がしゃべれなかった。2週間でしゃべれるようになるのは難しいと思うけど、旅の無事を祈ります。

独立記念日のごちそう

ホームステイ先の家庭は夫婦と子供三人の家庭でこの旅行中知り合った夫婦では珍しく離婚経験のないカップルだった。とても信心深く毎週月曜日には仲間が集まって聖書の勉強の後歌を合唱していた。奥さんの方が年上だったので旦那さんは結構甘えたりしてかわいかった。食事はやや量が少なかったがご飯はいつも黄色い色がついていて美味しかった。またトルティーヤとパンとクッキーが食事に必ず出た。

アンティグアは外国人が多いのでディスコやバーなどしゃれた店がいっぱいあって夜も飽きない場所だった。学校の欧米人はよくツーリスティックだからあそこは良くないとか話している癖に夜のみに行くところは必ず外人しか行かないところでロックで盛り上がり、そこでも「ここは外人ばかりでアメリカのバーと変わらないツーリスティックな場所だ。」とか言って文句を言っていた。だったら他の店行けばいいのにと思った。

アンティグアにはCafe Afroというサルサバーがありここの選曲が非常に良かった。知っている有名な曲ばかりだと飽きるが、僕の知らない良い曲がかかったり、一寸マイナーないい曲がかかって楽しめた。

ここで知り合ったグアテマラ人がナンパするとかいってグアテマラのギャルに声を掛けにいったがあっさり断られた。グアテマラ人はインディヘナの血が入っているせいか一般的にシャイな感じなのであまり踊る人はいなかった。踊っていてもキューバなどと比べると下手で日本人レベルだった。アンティグアはおしゃれな店が多いせいか首都のグアテマラシティーからも週末は若者が詰めかけディスコもグアテマラの子ギャルのような女の子で一杯で入れないところもあった。

グアテマラのMusica Tipico独立記念日のマリンバ(巨大木琴)の演奏-とても綺麗な音色です


Short Trip

サンペドロへ到着

洗濯したり遊んだり

1週間勉強した後サムと学校で知り合ったドイツ人女性とスイス人女性とフランス人の男性とグアテマラの有名な湖Lago Atitlanとインディヘナのマーケットで有名なChiChicastenangoへ一泊旅行した。

バスは満員で疲れたが湖はとても美しく感動した。我々はパナハッチェルから比較的ツーリスティックではないというサンペドロという村に船で渡り宿をとったがここは結構昼間は暑くて明るい雰囲気だった。

昼間は湖で泳いだが地元の人もここで洗濯や体を洗っていた。おばさんはオッパイ丸出しで体を洗っていた。湖で体を洗ってるおじさんの脱いだ服の上に携帯電話があった。お風呂無くても携帯はあるんだと思った。

夜は外人バーで食事をして(彼らはツーリスティックだからとか良く言う癖に夜は必ず外人の集まるバーへ行きたがる。)疲れて早く寝たが朝サムに朝焼けが綺麗だと起こされた。とっても美しくて静かな一日の始まりという感じでよかった。

サムは学校も飽きたとのことで残りの2週間を旅行することにしていたのでここでサムと別れて我々4人はChiChiへバスで向かった。。

一時間くらいで着いたがインディヘナと観光客でごった返していて活気があった。豚の市とか花を売っていたりと見ていて飽きない。おみやげ物は綺麗な欲しくなるようなものが一杯売っていた。またインディヘナの子供たちが物売りををしていて、いらないNoというとSi~と切り返してくるのがとても可愛かった。でも売ってるものが安くてもちゃちなものなので買ってあげられなかった。

女性二人はお土産を買うとの事で歩き回り僕はへとへとになってしまった。買い物となると女性が疲れを知らないのは国際的な性質だった。彼女たちはハンモックを買っていた。僕も買いたかったが荷物になるので買えなかった。日本へ送るのはとても高くつくようだったのでなにも買わなかった。


Lago Atitlan (San Pedro)

  

  


Chi chi castenango

  

  


Centro America編へ

TOP


 

 

 

inserted by FC2 system